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城島酒蔵びらき

宇田貫川に架かる橋を渡って、城島酒蔵びらきの、メイン会場へ。
城島の酒は、東の灘 西の城島と称され起源は、江戸中期にさかのぼるとされる。
参加蔵元は、旭菊・池亀・筑紫の譽・花の露・比翼鶴・萬年亀・瑞穂錦・杜の蔵・有薫

城島酒蔵びらき

「城島の酒飲みくらべ」「角打ち」「新・元気鍋」「筑後酒造り唄披露」など有料で提供されていた。
イベントステージも賑わっているし、、お酒の飲める人はご機嫌だ。

メイン会場

会場

会場2

酒蔵が見たかったので、車で移動ですが・・・
城島酒街道は渋滞です。
「花の露」寄りたいけど駐車場が・・・
「有薫」も「池亀」も凄い人出だし、車が進まない。
少し離れた「瑞穂錦」へ。
閉館前でしたが入る事が出来ました。

瑞穂錦

酒蔵びらき

杉玉で新酒のお知らせ。

酒蔵3

酒蔵2

酒蔵

蔵元の酒 飲みくらべも。

酒蔵5

平成26年度 博多祇園山笠 四番山笠中州流の曳山人形「猩々酒宴壽」が展示されていました。

酒蔵4

お土産に「瑞穂錦」を。

瑞穂錦2

私は飲めませんが、酒蔵の雰囲気は良いですね。
時間が有れば、もっと歩いて見たかった城島でした。

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城島まち歩き

一人暮らしの姉を誘って、娘二人の4人で二日市温泉へ出かけました。
女子・はは会は賑やかです。

お泊りの前に柳川の、さげもんを見ましょうと筑後川沿いを走っていると。
久留米市「城島酒蔵びらき」の看板が目に付いて。
これは立ち寄らねば。
行先を自由に変えられるのも楽しい。

筑後川

城島町の、あちこちで見かける大きな鬼瓦のモニュメント。
城島瓦の沿革
約400年前、関ヶ原の戦い後、丹波の国より有馬公が瓦工を伴い、城島地方で製造を始めたのが起こりとされると記されています。
日本三大産地の一つだとか。

鬼面瓦は民家の魔よけとして製造され。
13世紀後半頃から、獅子や獣の顔・二本角・虎の牙・怒顔の鬼の顔の変わったそうです。
城島町に、32騎あるとか探し歩いて見るのも面白そうですね。

鬼面瓦

鬼面瓦2

鬼面瓦3

鬼面瓦4

第32回 城島酒蔵びらき(2月11日・12日)
運転する娘は「私は運転手です」のシールを貰って、シャトルバスでメイン会場へ。
飲めませんからね。

マップ図

城島総合支所前
迫力ある木彫りのイヌワシ。

イヌワシ

城島大獅子。

獅子頭

久留米市のイメージキャラクター、くるっぱ、筑後生まれの河童
歩きまわって、頭のお皿が干上がってしまわないかな。

くるっぱ

お疲れ気味の後ろ姿。

後ろ姿

メイン会場ちょっと覗いてみます。
次回へ。

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月曜日の昇開橋

筑後川昇開橋は、筑後川に架かる昇降式可動鉄橋。
1987年、佐賀線廃線後は歩道橋として活用。

筑後若津駅跡地。
赤い昇開橋が、チラッと見えます。

筑後若津駅跡地

1時間に一度、橋が稼働する。
可動部分が降りていれば、歩いて渡ることが出来ますが・・・
立入禁止の立て札が・・・
残念!月曜日は、橋もお休みなんですね。

立ち入り禁止

昇開橋。
可動部分は、上がったままです。

昇開橋

昇開橋展望公園内に若山牧水の歌碑が有ります。

”大川に われ来にけり おほかはの
流るるごとく 酒わける里に”  牧水

大正13年 大川市を訪れ、この歌を詠んだ。

牧水歌碑

昇開橋形のベンチ。

ベンチ

えつ傳承碑。
えつは筑後川流域で多く漁獲される、初夏の風物詩とされる魚。
弘法大師が投げた、ヨシの葉がえつに変わったとの言い伝えも。

えつ傳承碑

208号線から、早良街道を三瀬へ向かいます。
筑後川に架かる昇開橋が遠くに見える。

昇開橋2

次回に続きます。

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三池港閘門


世界文化遺産三池港へ。
石炭積出のために築かれた三池港。
三池港を見渡す場所に、三池港展望所が設けられている。

展望所

團琢磨と一緒に。
額縁の中にはわが国の、近代工業化に多大な功績を残した團琢磨と、三池港閘門。
港中央の開いている部分。

三池港

三池港閘門 1908年竣工。
遠浅で干満の差が大きい(5,5m)有明海での水位を一定に保ち、大型船が停泊・石炭積込が出来るように造られた。現在も稼働中。

閘門

場所を移動して。
港から見た閘門。

閘門2

三池港3

掲示板

三池港2

三池港6

高速船のりば。

三池港5

三池島原ライン「しまばら丸」が港へ着きます。
三池港と島原港を50分で結ぶ高速船。

三池港7


大牟田における石炭発見の歴史は、1469年、地元の農夫が焚火の中で燃える石を見付けたという記録が残っているそうです。
大牟田の近代化産業遺産は、日本一の出炭量を誇った凄い歴史が物語っている。

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三川坑跡を行く

三池炭鉱関連資産 三川坑跡。
入昇坑口から坑口へ入ります。

三川坑は、三池炭鉱の最主力坑として活躍。
戦中・戦後のエネルギー拠点としての役割・昭和天皇の御入坑・労働争議・炭塵爆発事故など歴史の舞台となった


入昇坑口

坑口の階段を降りて行きます。

坑口

坑内

ボランティアガイドさんの説明を聞いて。

炭鉱マンを運ぶ人車。

坑内2

朽ち果てた人車は往時の歴史を物語っているかのように。
突当りが坑口。

坑内3

操車場。

坑内4

山ノ神神社
第一斜坑と、第二斜坑の間に設けられ、構内の安全を見守るように建てられている。

山ノ神神社

入車点検所。

入車点検所

炭鉱マンの携帯用品でしょうか。

坑内5

昭和24年 昭和天皇が御巡幸された記念に作られた日本庭園。

日本庭園

平成9年閉山した三池炭鉱。
その歴史は廃墟の中に、ひっそりと佇んでいた。
次回は石炭積み出しの、三池港へ。

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